「稲咲堂」という名前の由来
「いなさきどう、って読むんですね」
名刺を差し出すと、たいていそう言われる。相手の目が、一瞬、漢字の上をさまよう。稲、咲、堂。三つの文字を順番にたどって、ようやく音になる。
「珍しいですね、この名前」と続くこともある。そういうとき、私は少しだけ迷う。話すと長くなるな、と思うからだ。でも聞かれると、つい話してしまう。この名前には、話さずにはいられない理由がある。
朝の時間
うちの敷地に、小さなお稲荷さんがある。
小さな祠があって、季節によっては周りに雑草が伸びる。立派なものではない。近所の人がわざわざ手を合わせに来るようなものでもない。ただ、そこにある。ずっと前から、当たり前のように、そこにある。
物心ついたころには、もう毎朝手を合わせていた。
朝起きて、顔を洗って、外に出る。夏なら朝の六時でも空気がぬるい。冬は足元の土が硬くて、息が白い。お稲荷さんの前に立って、手を合わせて、目を閉じる。
何をお願いするわけでもない。何か特別なことを考えるわけでもない。ただ、手を合わせている間は、頭の中が静かになる。昨日あった嫌なことも、今日やらなきゃいけないことも、一回ぜんぶ遠くなって、ただそこに立っている自分だけになる。
その数十秒が、心地よかった。
家族もそれぞれ手を合わせていたけれど、みんなばらばらの時間に来ていた。誰かと一緒にお参りした記憶はあまりない。父は早朝に、母はもう少し遅い時間に。祖母は夕方にも手を合わせていた気がする。同じ祠に、家族がそれぞれの時間に、それぞれの思いで手を合わせに来る。そういう場所だった。
歯を磨くのと同じだ、と思っていた。朝起きたら手を合わせる。特別なことではなく、一日の始まりに当然あるもの。他の家もそうだと思っていた。
あれ、ないじゃん
中学生になって、その思い込みが崩れた。
友達の家に遊びに行くようになって、気づいたのだ。庭にお稲荷さんがない。どの家にもない。二軒目も、三軒目も。当たり前だと思っていたものが、当たり前ではなかった。
あれ、と思った。うちだけなのか。
考えてみれば、不思議な存在だった。毎朝手を合わせているのに、なぜそこにあるのか知らない。いつからあるのかも知らない。家族の誰かが建てたのか、最初から敷地にあったのか。そんなことすら考えたことがなかった。
あまりにも自然にそこにあるから、疑問を持つきっかけがなかったのだと思う。
空気みたいなものだ。毎日吸っているのに、「なんで空気ってあるんだろう」とは普通考えない。お稲荷さんは、私にとってそういう存在だった。
でも、友達の家にはなかった。だから聞いてみた。
「なんでうちにはお稲荷さんがあるの」
曾祖父の旅
返ってきたのは、思ってもいなかった話だった。
曾祖父が元気だったころ、旅先でバスに乗っていたという。山あいの道だったのだろう、そのバスが事故を起こして、崖から落ちた。
落ちた、と言っても、ここでこうして話を書いているのだから、曾祖父は助かっている。落ちていく途中で、木に引っかかったのだ。運がよかった、と言ってしまえばそれまでだけれど、崖から落ちて木に引っかかることを「運がよかった」の一言で済ませていいのかはわからない。
そしてふと顔を上げると、目の前にお稲荷さんの祠があったそうだ。
崖の途中、木に引っかかった体勢で、視線の先に祠。できすぎた話だと思う。小説だったらリアリティがないと言われそうだ。でも家族はその話を、淡々と語った。作り話特有の力みがなかった。長い間、何度も繰り返し話されてきた記憶には、そういう落ち着きがある。
それから何年か経って、家にお坊さんが来たのだという。
「ここにお稲荷さんが住みたいと言っている。祀ってもいいですか」
唐突だったらしい。急に来て、急にそう言った。普通なら断る。知らない人が来て「ここに神様が住みたがっている」と言われて、「はいどうぞ」とはならない。
でも曾祖父には、崖の記憶があった。
あのとき目の前にあった祠。木に引っかかって助かった、あの場所。それがたまたまだったのか、そうでなかったのか、証明する方法はない。ないけれど、曾祖父は受け入れた。「お願いします」と。
それが、うちにお稲荷さんがある理由だった。
納得している自分
家族からその話を聞いたとき、驚いたかと聞かれれば、驚いた。崖から落ちた話も、お坊さんが突然来た話も、どう考えても普通じゃない。
でも、それよりも強く感じたのは、納得だった。
ああ、そうか。そういうことか。
なぜか腑に落ちたのだ。毎朝手を合わせてきた、あの感覚。何も考えず目を閉じると、すっと気持ちが整うあの感じ。言葉にならないまま体の中にあったものに、ようやく輪郭が与えられた気がした。
お稲荷さんは、私にとってずっと不思議な存在だった。なぜ手を合わせるのか、なぜそれが心地よいのか、うまく説明できないまま十数年が過ぎていた。でも曾祖父の話を聞いたとき、理屈ではなく、からだのどこかで「そういうことだったのか」と合点がいった。
守られているのだと思った。
根拠はない。証拠もない。でもそう感じた。そしてその感覚は、大人になった今も変わっていない。
名前のこと
個人事業主として独立するとき、屋号をどうするか考えた。
迷いは、あまりなかった。
お稲荷さんの名前を入れたい。それだけは最初から決めていた。
お稲荷さんは、もともと商売繁盛、五穀豊穣の神様として祀られてきた。五穀が実ること。商いが続くこと。その意味を受け取りつつ、もうひとつ、自分の願いを重ねた。
関わってくれた人たちに、いいことがありますように。
稲が実って、いいことが咲く。「稲咲堂」。
最近は横文字の屋号が多い。英語にした方がおしゃれに見えるかもしれない。でも、漢字にしてよかったと思っている。日本語の漢字は、一文字ずつに意味がある。「稲」には「稲」の、「咲」には「咲」の意味があって、それを重ねて名前にできる。その感じが、自分には合っている。
始めたばかりだから、この名前にまつわるエピソードはまだ多くない。
名刺を渡して、「なんて読むんですか」と聞かれて、由来を話して、「へぇ」と言ってもらう。今のところ、それくらいだ。
でも、それでいいと思っている。
派手な名前ではない。一発で読んでもらえる名前でもない。でも、聞かれたら話せる理由がある。話すと、少し覚えてもらえる。
朝、手を合わせる。目を閉じて、数十秒、静かになる。それから一日が始まる。
子どものころから続けてきたことを、これからも続けていく。それだけのことだ。でも多分、それだけのことが、一番大事なのだと思う。
「稲咲堂」をよろしくお願いします。