2026.09.02
「つくって終わり」にしない理由
ホームページを納品して、しばらく経ったころだった。
ふと、メッセージが届いた。「記事をひとつ載せたいんですけど、お願いできますか」。それだけの、短い文面だった。
読んだ瞬間、うれしかった。つくったものを使ってくれている。それだけで十分だったのだけれど、それ以上に、こうして気軽に連絡をくれたことがうれしかった。納品したあと、「もう関係は終わったから」と遠慮されてしまうことだってあり得た。でも、この方はそうしなかった。
納品という言葉には、どこか「区切り」の響きがある。渡して、受け取って、そこでひとつの仕事が終わる。たしかにそういう面はある。でも、ホームページというものは納品した瞬間に完成するわけではない。使いはじめてから気づくことのほうが、むしろ多い。
福島の大熊町で仕事をしていると、この感覚はより強くなる。ここで事業をしている方たちは、まだ誰もやっていないことに手を伸ばしている人が多い。走りながら考え、考えながらまた走る。そういう人たちのホームページが、最初に決めた形のまま変わらないほうが不自然だと思う。
「記事を載せたい」という連絡
その方は、自分の事業について発信したいと考えていた。ホームページをつくるときにも、「ゆくゆくはブログのような形で記事を書いていきたい」という話はしていた。ただ、納品直後はまだ日々の業務に追われていて、すぐには手が回らなかった。
それから少し時間が経って、ようやく落ち着いたタイミングで連絡をくれたのだと思う。
記事の内容を聞いて、ページをつくって、反映した。作業としてはそれほど大きなことではない。でも、その方にとっては「自分の言葉がホームページに載る」という、小さくない一歩だったはずだ。
こういうとき、費用の話が頭をよぎる人は少なくないと思う。「これってお金かかるのかな」「追加料金が発生するなら、やめておこうかな」。そう考えて、結局連絡しないまま時間が過ぎてしまう。そういうことが、世の中にはきっとたくさんある。
以前、「相談しづらい」をなくしたいという記事を書いた。費用への不安が、相談そのものを遠ざけてしまう。それは納品前だけでなく、納品後にも同じように起きている。
しばらく経ってからの修正
別の方からは、納品からしばらく経ったころに連絡があった。「ここの部分、少し直したいんですけど」。
使っているうちに、表現を変えたい箇所が出てきたのだという。最初に書いた文章がしっくりこなくなった、と。それは自然なことだと思う。事業をやっていれば、考え方も、伝えたいことも変わっていく。半年前の自分と今の自分では、言葉の選び方が違って当然だ。
その方が連絡をくれたとき、少しだけ申し訳なさそうな声をしていた。「もう納品してもらったのに、こんなこと頼んでいいのかなと思って」。
いいに決まっている、と思った。
ホームページは、棚に飾っておくものではない。毎日使う道具のようなもので、使いながら手に馴染ませていくものだ。使っていて気になるところが出てきたなら、そのときに直すのがいちばんいい。遠慮しているあいだに、古い情報がそのまま残り続けてしまう。
「つくりっぱなし」のホームページに起きること
個人事業主や小さな会社のホームページには、ある共通した問題がある。つくった直後は満足しているのに、半年、一年と経つうちに、だんだん手が離れていってしまうのだ。
営業時間が変わったのに、古い情報のまま。新しいメニューが増えたのに、ホームページには載っていない。スタッフが変わったのに、前の人の写真がそのまま残っている。
こうした「つくりっぱなし」のホームページは、見る人に微妙な違和感を与える。「この情報、本当に合っているのかな」「このお店、まだやっているのかな」。せっかく検索して見つけてくれた人が、不安を感じて離れてしまう。それは、とてももったいないことだ。
検索の面でも影響がある。ホームページの情報が長い間更新されないままだと、検索で表示される順番が少しずつ下がっていく。逆に、記事を定期的に追加したり、内容を見直したりしているホームページは、検索にも見つけてもらいやすくなる。
つくりっぱなしになる理由は、怠けているからではない。日々の仕事が忙しい。修正を頼むと費用がかかりそう。そもそも誰に頼めばいいか分からない。そういう小さなハードルが重なって、「まあ、今度でいいか」が積み重なっていく。
なぜ「つくりっぱなし」が生まれるのか
ホームページ制作の業界には、ひとつの構造的な問題がある。つくる人と、そのあと面倒を見る人が、別々になりやすいのだ。
制作会社にホームページを頼むと、納品と同時に「保守プラン」を提案されることが多い。月額いくらで、サーバーの管理とセキュリティの更新をしますよ、と。ただ、この保守プランに「記事の追加」や「文章の修正」が含まれていないことは珍しくない。含まれていても、一回の修正ごとに追加料金が発生する仕組みになっていたりする。
以前、ホームページの月額費用について書いた記事でも触れたけれど、毎月費用を払っているのに、何をしてもらっているのか分からない。そういう状態に陥っている人は少なくない。
結果として、ちょっとした修正をしたいだけなのに見積もりを取らなければいけない。見積もりが来て、思ったより高い。じゃあ今回はいいか、となる。その繰り返しで、ホームページはどんどん放置されていく。
これは誰が悪いという話ではない。制作会社にも制作会社の事情がある。ただ、個人事業主や小さな会社にとって、この仕組みが合っていないのは確かだと思う。
なぜ費用をいただかないのか
稲咲堂では、納品後のちょっとした修正や記事の追加に、基本的に費用をいただいていない。
理由は単純で、お金のことで悩んだまま放置してほしくないからだ。
「直したいけど、お金がかかるなら我慢しよう」。そう思った瞬間、ホームページは少しずつ、その人の手から離れていく。自分のものなのに、自分で触れないものになってしまう。それは、つくった側としていちばん避けたいことだ。
もちろん、すべてが無償というわけではない。大規模なリニューアルや、まったく新しいページを一からつくるような場合は、あらためて相談させてもらう。でも、記事をひとつ追加したい、文章を少し直したい、写真を差し替えたい、営業時間を更新したい。そういう日常的な手入れに、いちいち見積もりを出して請求書を送るのは、自分のやりたいこととは違う。
せっかくつながったご縁なのだ。納品して終わり、ではもったいない。
ホームページをつくるとき、その方の話をたくさん聞く。事業への思い、届けたい相手、これからやりたいこと。そうやって時間をかけて関係をつくったのに、納品した瞬間に他人に戻ってしまうのは、なんだか寂しい。
ホームページは「育てるもの」だと思っている
ホームページを「つくる」と言うと、完成形があるように聞こえる。でも、自分はどちらかというと「植える」に近い感覚でいる。
土を整えて、種を蒔いて、芽が出てくるのを待つ。芽が出たら水をやって、伸びてきたら支柱を立てて、枝が増えすぎたら剪定する。ホームページも同じで、公開したあとに記事を足したり、表現を直したり、新しい情報を加えたりしながら、少しずつ育てていくものだと思っている。
大熊町で仕事をしていると、この感覚はとても自然に感じる。この町自体が、いま育っている最中だからだ。新しいお店ができて、新しい人が来て、新しい取り組みが始まる。去年と今年ではまちの景色が違う。そこで事業をしている人たちのホームページも、まちと一緒に変わっていくのが自然だと思う。
だから、納品後に「ここを変えたい」と連絡がくることは、自分にとっては喜ばしいことだ。それは、その方の事業が動いている証拠だから。新しい記事を書きたいということは、伝えたいことが増えたということ。文章を直したいということは、考えが深まったということ。どちらも、前に進んでいるからこそ起きることだ。
福島で、顔が見える関係だからできること
稲咲堂は福島の大熊町を拠点にしている。東京の制作会社のように何百件もの案件を同時に回しているわけではない。ひとつひとつの仕事に、時間をかけて向き合える規模でやっている。
この規模だからこそ、納品後の対応にも無理なく応じることができる。何百人ものクライアントを抱えていたら、一件一件の修正に無償で対応するのは現実的に難しいだろう。でも、自分の場合は違う。目の前のお客さん一人ひとりと、長く付き合っていくことを前提にしている。
福島という土地柄もあると思う。なぜ福島で働くのか、以前記事に書いたことがあるけれど、この土地には人と人のつながりが色濃く残っている。一度仕事をした相手とは、その後も道ですれ違えば立ち話をするし、別の困りごとが出てきたときにまた声をかけてもらえる。
画面越しのやり取りだけでは生まれない信頼がある。顔を合わせて話を聞いて、一緒に考えて、つくったものを目の前で確認してもらう。そういう積み重ねがあるからこそ、納品後も「ちょっとお願いしたいんですけど」と気軽に言ってもらえるのだと思う。
どこまで無償で対応するのか
「無償で対応します」と聞くと、「どこまでが無償なの?」と気になる方もいると思う。ここは正直に書いておきたい。
基本的に無償で対応しているのは、こういった内容だ。
- ブログ記事の追加
- 文章の修正や差し替え
- 写真の入れ替え
- 営業時間や料金などの情報更新
- ちょっとしたレイアウトの調整
一方で、あらためてご相談をいただくのは、こういった内容になる。
- 新しいページをゼロからつくる場合
- デザインを大きく変えるリニューアル
- ネットショップや予約機能など、新しい仕組みを追加する場合
この線引きは、「日常の手入れ」か「新しい工事」かで考えてもらうと分かりやすいと思う。庭の水やりや草むしりは日常の手入れ。ガレージを増築するのは新しい工事。前者は気軽に声をかけてもらって構わないし、後者はお互いにとって納得のいく形を一緒に考えたい。
迷ったら、とりあえず連絡してほしい。「これはお金かかりますか?」と聞いてもらえれば、正直にお答えする。聞くこと自体に費用はかからないので、安心してほしい。
納品は「終わり」ではなく
誰かのためにものをつくるという仕事には、不思議なところがある。つくっている間はこちらが主導権を持っているように見えるけれど、納品した瞬間、それは完全に相手のものになる。どう使うか、どう育てるかは、すべて相手に委ねられる。
だからこそ、手放したあとも「困ったら声をかけてください」と言える関係でいたい。
記事を載せたいと言ってくれた方。修正を頼んでくれた方。あのとき連絡をくれたことが、自分にとってはとても大きかった。つくったものが使われている、育てられている。それを実感できる瞬間だった。
ホームページをつくることは、ご縁のはじまりだと思っている。大熊町という小さなまちで、顔の見える距離で、ひとつひとつの事業に寄り添っていく。それが稲咲堂のやり方だ。
もしこの記事を読んで、「そういえばあそこ、直したかったんだよな」と思い出した方がいたら、遠慮なく連絡してほしい。些細なことで構わない。むしろ、些細なことほど早いほうがいい。
つくって終わりにはしたくない。そのあとの時間も、一緒に歩いていきたいと思っている。
何か気になることがあれば、お問い合わせページからお気軽にどうぞ。